「広い世間」とトラブル
「狭い世間」の外側にさらにひろがっているのが「広い世間」で、そこは心(情)通じず、遠慮もいらない「赤の他人」の世界です。
「赤の他人」という場合の「赤」は、「赤恥」とか「赤はだか」という用法と同様に「それ以外の何ものでもない」の意で、「まったくの」とか「ひどい」という意味です。
まったくの他人は、素性も分からず、どこの馬の骨か分からない、うさんくさい、見知らぬ存在です。
・・・したがって、「赤の他人」同士が事実として関係をもたざるをえないような揚合には、「旅の恥はかき捨て」のような傍若無人(そばに人がいても人がいないように)の振舞いとなるか、「花見の喧嘩」のようにけんか沙汰となる可能性を強くはらんでいます。
「赤の他人」の光景は暮しの場でいえば「ストリート・ライフ」(街中の生活)に見出しやすいでしょう。
例えば通勤で使う電車の内やホーム・通路には見知らぬ赤の他人が乗り合わせ、往来しています。
駅の階段やホームで平気で疾や唾を吐く人やタバコをふかす人、車中をなんのあいさつもなく人をおしのけて歩く人をよく見かけます。
そうした人びとの無遠慮と無粋さは「赤の他人」が集まっている「広い世間」のありさまをよく示しています。
終電近くの東京都心の駅ではよく、こぜり合いが起こりますよね。
うしろから押したとか、ぶつかったとか、足をふんだとかいったささいなことがきっかけで言い合い、言いつのり、手が出てしまうのです。
酒が入っていることも多いです。